BMWの“駆けぬける歓び”は、危機と賭けから生まれた|開発秘話でたどる「らしさ」の設計図
「BMWって、結局どこが“らしい”の?」その答えはスペック表よりも、開発の舞台裏に転がっています。倒産の影がちらついた時代に“ブランドの芯”を作り直し、レース屋の情熱を市販車に落とし込み、さらに電動化の荒波ではカーボンボディという大博打まで打った。BMWの歴史は、理屈だけでは割り切れない“エモい設計判断”の連続です。ウィキペディア+1■倒産危機からの逆転劇:「ノイエ・クラッセ」がBMWを救った1950年代のBMWは経営的に厳しく、「このままでは…」という状況に追い込まれていました。そこで登場したのが、1962〜1972年に展開された“NeueKlasse(ノイエ・クラッセ)”。ただの新型車群ではありません。スポーティで上質なセダンという方向性を明確にし、BMWの財務を立て直し、のちの「スポーツ・セダン」像を決定づけた“再起の設計図”でした。ウィキペディア+1この時代に広告で育っていったのが、「歓び」を中核に置く世界観です。後年、スローガンとして定着していく“FreudeamFahren(駆けぬける歓び)”は、まさにこの再出発の空気と相性が良かった。走りを語る言葉が、企業の生存戦略と直結...


