「フェラーリ」とは、ただの名前ではない
「フェラーリ」という言葉を耳にしたとき、我々が思い浮かべるのは単なる自動車ブランドではない。
それはスピード、情熱、狂気、そして“勝利”そのものの象徴だ。
だが世界中のクルマ好きを惹きつけてやまないこのブランドには、もう一つの顔がある──**呼び名(ニックネーム)**という、文化や時代、そして人々の記憶が刻まれた別のアイデンティティだ。
フェラーリはその歴史の中で、国や地域によってさまざまな“異名”を授かってきた。
それらは単なる愛称ではなく、世界がフェラーリに見た“夢”や“狂気”の記録なのである。

I. 「Cavallino Rampante」── 跳ね馬の紋章に秘められた祈り
フェラーリ最大の象徴といえば、あの跳ね馬のエンブレムだ。イタリア語で「Cavallino Rampante(カヴァリーノ・ランパンテ)」──直訳すれば「後ろ足で立ち上がる小さな馬」。
この名は、第二次世界大戦の英雄パイロット、フランチェスコ・バラッカの戦闘機に描かれていた紋章に由来する。
バラッカはイタリア空軍のエースとして戦い、1918年に戦死。その母がエンツォ・フェラーリにこう語った。
「息子が使っていた“跳ね馬”を、あなたの車に付けてください。きっと幸運が訪れるでしょう。」
このエピソードは今でもフェラーリの創業神話として語り継がれている。
やがて「跳ね馬」は単なるロゴを超え、フェラーリそのものを指す愛称として広まり、「Cavallino」という言葉だけでブランドを表すことも珍しくなくなった。
II. 英語圏での呼び名:「Prancing Horse」と“Red Legend”
英語圏では「Cavallino Rampante」は「Prancing Horse(跳ね馬)」として知られる。この呼び名は、ブランドそのものを象徴する言葉として、フェラーリ=Prancing Horse と同義で使われている。
特にF1中継や英語圏のメディア記事では、「The Prancing Horse takes the pole(跳ね馬がポールを奪った)」といった見出しが頻繁に登場する。
これは「フェラーリ」という固有名詞を使わなくても伝わるほど、この呼び名が定着している証拠だ。
さらに、1960年代以降フェラーリが耐久レースやF1で圧倒的な存在感を放つと、英メディアはその赤いボディを讃えてこう呼んだ。
“The Red Legend has conquered Le Mans again.”
(赤い伝説が再びル・マンを制した。)
この“Red Legend(赤い伝説)”という呼び名は、現在でもフェラーリの別名として定着しており、公式SNSでもハッシュタグとして使われている。
III. アメリカが生んだ異名:「The Italian Stallion」と“Monza Missile”
アメリカはフェラーリに特別な情熱を注いできた国だ。1950年代、フェラーリが北米市場へ進出すると、現地メディアはその爆発的なパフォーマンスと官能的なデザインから、こう呼び始めた。
-
The Italian Stallion(イタリアの種馬)
-
Monza Missile(モンツァのミサイル)
特に「Italian Stallion」は1970年代に定着し、映画や漫画にも頻繁に登場するほど一般化。フェラーリは“馬”を象徴とするブランドであることから、この呼称は自然発生的に広まっていった。
また、1950〜60年代のF1でモンツァを支配したフェラーリに対し、『Sports Illustrated』誌は「Monza Missile」というタイトルで特集を組んだ。トップスピードで誰も止められない存在という意味が込められたこの言葉は、今も北米のファンの間で使われている。
IV. ドイツと北欧圏での呼び名:「Rote Göttin(赤い女神)」と「Die Diva」
ドイツや北欧圏では、フェラーリに“女性的な存在”を重ね合わせる表現が多い。代表的なのが:
-
Rote Göttin(赤い女神)
-
Die Diva(ディー・ディーヴァ=女神/歌姫)
これは、フェラーリが「単なるマシンではなく、人を魅了し、翻弄する存在」として受け止められてきた証だ。
ドイツ誌『Auto Motor und Sport』はF40の登場時にこう書いている。
「彼女(フェラーリ)は美しく、恐ろしく、そして決して手なずけられない。」
“Die Diva”は特に、制御が難しい初期V12モデルや、スリル満点の挙動を見せたF50やF40などに対して使われた。扱いこなすことがステータスという文化的背景が、この表現の根底にある。
V. モデルごとに誕生した“別名”たち
フェラーリはブランド全体だけでなく、各モデルにも愛称や通称が存在する。それらはメディアやオーナーの言葉から自然発生的に生まれ、今なお語り継がれている。
F40 ── “Il Mostro(怪物)”
1987年、創業40周年を記念して登場したF40は、324km/hの最高速で“世界最速”の称号を手にした。
その圧倒的な加速と、ドライバーを容赦なく試す挙動から、イタリアでは「Il Mostro(イル・モストロ/怪物)」と呼ばれた。
「F40はフェラーリの“暴力的な本性”がむき出しになったマシンだ。」
── 『Quattroruote』(1988年)
Enzo ── “La Sacra Macchina(聖なる機械)”
2002年、創業者の名を冠した「Enzo Ferrari」が登場すると、イタリア国内では“La Sacra Macchina(聖なる機械)”と呼ばれるようになる。
F1由来のカーボンブレーキやアクティブエアロといった革新技術が詰め込まれ、「これは自動車ではない、宗教だ」と評されたのだ。
LaFerrari ── “Il Rinascimento(ルネサンス)”
2013年のLaFerrariは、電動化時代への移行を象徴する存在として“Il Rinascimento(ルネサンス/再生)”の名で呼ばれた。
フェラーリが伝統のV12に電気モーターを組み合わせ、「未来の跳ね馬」を作り上げたことへの賛辞だ。
VI. オーナーたちが語るフェラーリの“呼び方”
呼び名はジャーナリストや評論家だけのものではない。世界中のオーナーたちもまた、自らの跳ね馬に特別な名を与えてきた。
-
“La Rossa” (ラ・ロッサ/赤い女):英国で人気の呼び名。情熱的で手強い存在として。
-
“The Symphony”:アメリカのオーナーがV12のサウンドを表現した言葉。
-
“La Vita” (命そのもの):長年のフェラーリ乗りが語った、「人生と同義」の意。
これらは単なる愛称ではなく、フェラーリという存在が人の感情と結びついている証だ。
VII. 呼び名が語る“フェラーリという宗教”
世界中で生まれたこれらの呼び名は、単なる愛称の域を超えている。
それは、フェラーリという存在が「マシン」ではなく「信仰」や「物語」として受け止められていることの証明だ。
-
「Cavallino Rampante」──幸運と情熱の象徴
-
「Prancing Horse」──勝利を体現する跳ね馬
-
「Rote Göttin」──人を魅了する女神
-
「Il Mostro」「La Sacra Macchina」──機械を超えた存在
すべての呼び名には、フェラーリが人々に与えた感動と畏怖が込められている。
それは、数字やスペックでは測れない“魂”の記録であり、フェラーリがなぜ特別なのかを物語る証拠なのだ。
結語:「名前」は記録ではなく、物語である
フェラーリの呼び名は、単なる別称ではない。
それは、世界中の人々がこのブランドに抱いた感情と記憶の結晶であり、「フェラーリ=機械」ではなく「フェラーリ=体験」であることを示している。
そして今日も、跳ね馬は世界のどこかで新たな名を授かっている。
それは、フェラーリが今なお“夢と情熱の象徴”であり続けている証拠だ。
「フェラーリとは、名前を持つ神話だ。」
── 『Top Gear』
💡関連動画💡








